糖尿病で治りにくい傷を治す新しい仕組みを発見

―OSMというタンパク質が傷をふさぐ細胞を助ける―

糖尿病で治りにくい傷を治す新しい仕組みを発見

日時 365体育网址_365体育投注-手机版官网7年10月31日(金)10時00分~10時40分
場所 生涯研修センター研修室
発表者

本学医学部 法医学講座 教授 近藤稔和
           准教授 石田裕子
         特別研究員 國中由美

概要

 糖尿病の人では、けがをしても皮膚の傷がなかなか治らないことがあります。その理由の一つとして、傷を修復する細胞の働きが弱くなっていることが知られています。今回、和歌山県立医科大学の研究グループは、「オンコスタチンM(OSM)」というたんぱく質と、その受け皿となる「OSM受容体β(OSMRβ)」に注目し、この仕組みが傷の治り方を左右していることを発見しました。

 マウスを使った実験で、OSMRβを持たないマウスでは、通常のマウスに比べて傷の治りが遅く、新しい血管や肉芽組織(傷をふさぐための組織)ができにくいことが分かりました。また、このマウスでは、コラーゲンの分解を抑える物質(TIMP-1)や血管を作る成長因子(HGF)が少なくなっていました。

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 一方で、糖尿病マウスにOSMを直接塗布すると、TIMP-1とHGFの産生が増え、血管新生と肉芽形成が回復し、傷の治りが大幅に改善しました。つまり、OSM-OSMRβの信号が「線維芽細胞」という細胞を活性化し、皮膚の修復を助けることが明らかになったのです。

 この成果は、糖尿病性皮膚潰瘍などの難治性創傷を治す新しい治療法の開発につながる可能性を示しています。外用薬などの形でOSMやその関連分子を利用すれば、将来的に「治りにくい傷」を治す新しい選択肢が生まれるかもしれません。

1.背景

 私たちの体は、けがをすると自然に治す力を持っています。まず白血球が集まり、細菌や異物を取り除いたあと、線維芽細胞(せんいがさいぼう)が登場します。線維芽細胞は「修復職人」のような存在で、コラーゲンを作り、血管を再生し、皮膚を再びつなぎ合わせていきます。

 しかし、糖尿病になるとこの働きが鈍くなり、傷がいつまでも治らない「難治性創傷(なんちせいそうしょう)」が起こります。特に足などにできた傷は感染や壊疽を起こし、最悪の場合は切断に至ることもあります。それでも、なぜ糖尿病で傷が治りにくくなるのか、その分子レベルの原因はこれまで十分にわかっていませんでした。

2.研究の目的と方法

 研究チームは、炎症や組織修復に関わるたんぱく質であるオンコスタチンM(OSM)と、その受け皿となるOSM受容体β(OSMRβ)に注目しました。OSMは「細胞の元気を取り戻させる信号」を出す物質で、線維芽細胞に働きかけてコラーゲンや成長因子を作らせることが知られています。

 そこで本研究では、遺伝子操作によってOSMRβを欠いたマウス(Osmrb−/−マウス)を作り、通常のマウスと比較しました。さらに糖尿病マウスにも同様の傷を作り、皮膚の再生速度や組織の変化を詳しく調べました。その結果、OSMRβがないマウスでは、肉芽組織(新しい皮膚を作る組織)と血管の形成が弱く、傷の治りが遅れることがわかりました。また、傷の周りで働く線維芽細胞の中では、TIMP-1(コラーゲンの分解を防ぐ物質)とHGF(血管を作る成長因子)が減っていました。

 一方で、糖尿病マウスの傷口にOSMを外から塗布すると、TIMP-1とHGFが増え、血管再生と肉芽形成が活発化して治りが早くなったのです。つまり、OSM-OSMRβの経路が線維芽細胞を「修復モード」に切り替える鍵を握っていることが明らかになりました。

3.研究の意義と社会的な意味

 この発見は、「糖尿病でも傷を早く治すことができる」新しい分子治療の可能性を示しています。これまで糖尿病性皮膚潰瘍の治療は、感染を防ぐ処置や血糖コントロールが中心でしたが、根本的に「傷の治る力」を回復させる薬はありませんでした。今回見つかったOSM-OSMRβ経路を活性化することで、皮膚の線維芽細胞が再び働き出し、血管と肉芽を作って傷を閉じる――。この自然な治癒メカニズムを利用すれば、

  • 糖尿病の合併症による足潰瘍の改善
  • 手術後の創傷や褥瘡(床ずれ)の回復促進
  • 高齢者の皮膚修復機能の維持

など、医療の多くの現場で応用できる可能性があります。さらに、OSMは体の他の組織再生にも関係しており、将来的には「再生医療の新しい鍵分子」として活用されることも期待されます。

4.まとめ

  • 糖尿病では、皮膚の傷が治りにくい原因の一つが「OSM-OSMRβ経路の低下」だった。
  • この経路が働くと、線維芽細胞が活性化し、血管再生とコラーゲン産生を促して傷を治す。
  • OSMを外から与えることで、糖尿病マウスでも傷の治りが改善した。
  • 今後、OSMを使った外用薬や再生治療の開発につながる可能性がある。

5.論文情報

論文名:OSMRβ-mediated signals on resident fibroblasts restore healing in diabetic skin wounds through promoting angiogenesis and granulation tissue formation

著 者: Yuko Ishida, Yumi Kuninaka, Tadasuke Komori, Sadahiro Iwabuchi, Mizuho Nosaka, Akihiko Kimura, Shinichi Hashimoto, Yoshihiro Morikawa, Naofumi Mukaida Toshikazu Kondo

掲載誌:Communications biology (2025年10月28日付けの電子版で公開)

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